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世界文化遺産でたどる日本史

Tracing Japanese History via World Heritage Sites

「世界文化遺産でたどる日本の歴史」にようこそ

2022年6月現在、日本には20の世界文化遺産があります。
日本の世界文化遺産には、4つの特徴が見られます。
第1に、狭い国土に多数かつ多様な文化遺産があります。
第2に、偏ることなく全国にあまねく分布しています。
第3に、古代から現代まで途切れることなく存在しています。
第4に、その多くが、使われなくなった遺構ではなく、建立時の価値を持ち続けています。神社仏閣をはじめとして祭祀や信仰は引き継がれ、お城や産業遺産は現代日本の産業や景観につながっています。
この特徴によって、私たちは、世界文化遺産を通して日本の歴史をたどることができます。
それでは、15,000年前の北海道・北東北から、世界文化遺産を通して日本の歴史を辿る旅に出発しましょう。

(世界文化遺産地域連携会議理事・熊倉浩靖)

  • 北海道・北東北の縄文遺跡群

    北海道・北東北の縄文遺跡群

    多様な堅果類に富む北方ブナ帯と寒・暖流が交差する豊かな漁場を基盤に、北海道・北東北一帯は15,000年前から1万年にわたって採集・漁労・狩猟を基盤としながらも土器を持つ定住生活を花開かせました。集落や貝塚、墓地や環状列石、土器や土偶などを通して、北東アジアにおける農耕社会以前の最も高度な文化を実感することができます。

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  • THE 4TH CENTURY

    「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群

    「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群

    沖ノ島に宿る神への崇拝は、古代東アジアにおける活発な対外交流が進んだ時期に発展し、海上の安全を願う生きた伝統となりました。沖ノ島の沖津宮(おきつみや)、大島の中津宮(なかつみや)、宗像大社の辺津宮(へつみや)の信仰は広く全国にひろがっています。新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群は、信仰を担い育んだ人々の存在を物語る資産として守られ続けてきました。

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  • 百舌鳥・古市古墳群

    百舌鳥・古市古墳群

    4世紀後半から5世紀後半にかけて、政治・外交・文化の中心地のひとつであった大阪湾に接する平野に、500メートル級の王墓をはじめ様々な形、規模の古墳が築かれました。古墳群は大都市圏のただなかにありながら、人々の暮らしに溶け込んで保全され、類まれな土木技術と「古墳時代」と呼ばれる日本独特の一時代を表現し続けています。

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  • THE 6TH CENTURY

    法隆寺地域の仏教建造物

    法隆寺地域の仏教建造物

    6世紀半ば、大陸から仏教が伝えられ、7世紀初頭から法隆寺地域に多くの仏教建造物が造られました。19棟もの建造物が国宝とされ、特に7世紀後半から8世紀初頭に建てられた法隆寺・法起寺の主要建造物は世界最古の木造建築物として知られています。聖徳太子信仰の持続、絶えざる補修の賜物です。その点も重要な価値と評価されています。

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  • THE 4TH CENTURY

    紀伊山地の霊場と参詣道

    紀伊山地の霊場と参詣道

    古来、日本では、自然の至る所に神々が宿ると考えられてきました。特に、山々が幾重にも連なる紀伊山地と南方海上は「聖なる地」とされ、神秘的な力を身につける修行の場となりました。仏教伝来以降も、「神仏習合」の思想のもと、多様な信仰が生まれ、吉野(よしの)・大峯(おおみね)、熊野(くまの)三山(さんざん)、高野山(こうやさん)の三つの霊場とそれらを結ぶ参詣道が形成されました。

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  • THE 8TH CENTURY

    古都奈良の文化財

    古都奈良の文化財

    国号を日本と定め、律令制を導入した列島社会は、710年、奈良の地に平城(へいじょう)京(きょう)を造営しました。平城宮跡と東大寺・興福寺・春日大社・元興寺(がんごうじ)・薬師寺・唐招提寺の6つの寺社、春日山(かすがやま)原生林が1300年の歴史を刻んでいます。寺社の多くは、戦(いくさ)の炎に包まれながらも、その都度再興され、奈良は街並みを育み続けてきました。

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  • 古都京都の文化財(京都市・宇治市・大津市)

    古都京都の文化財
    (京都市・宇治市・大津市)

    794年、都は山城(やましろ)国葛野(かどの)郡に遷され、日本文化の中心であり続けた平安京が生まれます。17もの構成資産の創建年代は平安遷都以前から19世紀にまで及び、地域も宇治市、滋賀県大津市に跨っています。千年に渡り再興を繰り返しながらも古式を守り続け、各時代の息吹を今に伝えています。

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  • THE 9TH CENTURY

    富士山―信仰の対象と芸術の源泉

    富士山―信仰の対象と芸術の源泉

    富士山は、その高さと美しさから日本人の原風景となってきましたが、噴火を繰り返し災害をもたらしてきた山でもあります。遅くとも9世紀には山麓に噴火を鎮める神社が建てられ、江戸時代には信仰登山が大流行しました。また、『竹取物語』や『万葉集』、葛飾北斎の冨嶽(ふがく)三十六景をはじめ、富士山を源泉とする多様な芸術作品が生み出されています。

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  • THE 12TH CENTURY

    嚴島神社

    嚴島神社

    嚴島神社神殿は、12世紀半ば、平家一門によって創建されました。権力が源氏に移っても崇敬は続き、13世紀前半の大火災で焼失するも間もなく再建され、海に建つ木造建物という過酷な環境下にありながらも、歴代政権や庶民の信仰に支えられ古い様式が伝えられています。とくに江戸時代以降は庶民の参詣によって維持されてきました。

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  • 平泉  仏国土(浄土)を現す建築・庭園及び考古学的遺跡群

    平泉-仏国土(浄土)を表す
    建築・庭園及び考古学的遺跡群

    都を遠く離れた東北の地で、奥州藤原氏の手によって、「仏国土(浄土)」と呼ばれる、仏の理想世界の実現を目指す一大拠点が造営されました。創建当初以来の建造物は12世紀前半の中尊寺金色堂だけですが、仏教都市の全貌を求めた丹念な調査をもとに、毛越寺(もうつうじ)などの寺院や庭園の復元や貴重な考古遺跡の保存が進められています。

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  • THE 15TH CENTURY

    琉球王国のグスク及び関連遺産群

    琉球王国のグスク及び関連遺産群

    1429年、沖縄の地に琉球王国が誕生しました。琉球王国は明(みん)・清(しん)、朝鮮王朝、室町・江戸幕府、東南アジア諸国との貿易によって安定と繁栄を図りました。グスクとは城のことですが、王国を持ち独特な文化を育んできた土地だけに、無形文化遺産「組(くみ)踊(おどり)」や独特な工芸品、方言(ウチナーグチ)や島(しま)唄(うた)などと合わせて理解を深めたいものです

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  • THE 16TH CENTURY

    石見銀山遺跡とその文化的景観

    石見銀山遺跡とその文化的景観

    日本が戦乱の世にあった16世紀、世界で流通した銀の3分の1は日本産でした。「銀の国ジパング」が大航海時代の世界経済を支えていました。中心となった石見銀山は、産出量減少後も、自然に負担をかけない銀生産を工夫しながら操業を続け、今も山の緑と調和しています。東西文明交流への影響や銀生産の総体、自然と調和した文化的景観も評価されています。

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  • THE 17TH CENTURY

    姫路城

    姫路城

    戦国時代末期から江戸時代初頭にかけて、木造の建物と石造りの城壁、白い土塀からなる日本独特の城の形が完成します。近世城郭と言います。なかでも「姫路城」は、近世城郭の形を最もよく表すとともに美的完成度が極めて高い城です。近世城郭の多くは戦闘の場である以上に町の中心核として機能し、優れた景観を生み続けてきました。

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  • 日光の社寺

    日光の社寺

    1615年の大阪夏の陣をもって内戦の時代は完全に終わりました。元和(げんな)と改元されます。「元和偃武(げんなえんぶ)(和を元とし武を偃(や)む)」と称されます。政治の中心も京都から江戸(現在の東京)に移ります。以来250年にわたる平穏を成し遂げた徳川家康や日光の語源ともなった二荒山(ふたら(にっこう)さん)を祀り、新たな平安を祈る場が、江戸の真北に位置する「日光の社寺」です。

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  • 白川郷・五箇山の合掌造り集落

    白川郷・五箇山の合掌造り集落

    江戸時代は地域独自の文化が育まれた時代でもありました。「白川郷・五箇山の合掌造り集落」は一つの形です。雪深い地域に合った急勾配の屋根や、家屋を養蚕に活用する独特な形が伝わっています。「結(ゆい)」と呼ばれる住民組織が様々な場面で共助の力を発揮してきました。住民あげての維持・保存の必要性も世界文化遺産登録の要点となっています。

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  • 長崎・天草地方の潜伏キリシタン関連遺産

    長崎・天草地方の
    潜伏キリシタン関連遺産

    キリスト教が禁教とされた江戸時代(17~19世紀)において、信仰を持ち続けた「潜伏キリシタン」の伝統を物語る遺産群です。信仰を維持するために様々な方法で他の宗教との共生を図った集落や、信仰組織を維持するために移住を図った集落、潜伏キリシタンが新たな信仰の局面を迎える契機となった大浦(おおうら)天主堂(てんしゅどう)から構成されています。

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  • THE 19TH CENTURY

    富岡製糸場と絹産業遺産群

    富岡製糸場と絹産業遺産群

    19世紀後半開国した日本は生糸の国でしたが、大量生産はできませんでした。そこで器械製糸と工場建築、近代的経営・就労制度の導入という世界規模での技術交流がなされました。その後、日本では養蚕・製糸両面での技術革新が積み重ねられ、その結果、一部特権階級のものだった絹が世界中の人々のものとなる衣料革命をひきおこしました。

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  • 明治日本の産業革命遺産

    明治日本の産業革命遺産

    19世紀後半から20世紀の初頭にかけ、後に日本の基幹産業となる重工業(製鉄・製鋼、造船、石炭)分野において急速な産業化が成し遂げられました。構成資産は23にも及び、福岡県北九州市・大牟田市・中間市、佐賀県佐賀市、長崎県長崎市、熊本県荒尾市・宇城市、鹿児島県鹿児島市、山口県萩市、岩手県釜石市、静岡県伊豆の国市の広域に立地分布しています。

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  • THE 20TH CENTURY

    原爆ドーム

    原爆ドーム

    「原爆ドーム」は1945年8月6日広島市に投下された原子爆弾によって破壊された旧広島県産業奨励館の残骸です。その形状からいつしか「原爆ドーム」と呼ばれるようになり、広島の人々は当時の姿での保存に尽力されてきました。人類史上最初の原子爆弾による被爆の惨禍を伝える歴史の証人であり、核兵器廃絶と世界恒久平和の大切さを訴え続けています。

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  • ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―

    ル・コルビュジエの建築作品
    ―近代建築運動への顕著な貢献―

    パリを拠点に活躍した建築家ル・コルビュジエ(1887-1965)の作品のうち7か国(フランス・日本・ドイツ・スイス・ベルギー・アルゼンチン・インド)17資産が登録されました。国立西洋美術館(東京都台東区)は構成資産の一つです。建築史上初めて建築の実践が全地球規模のものとなったことを示す物証として評価されています。

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先人に学び、新たな一歩を

ご覧いただいたように、世界文化遺産を通して見た日本の歴史は、時に争乱もありましたが、
その克服と融和、より安定した、公平で自由な社会への歩みでした。持続的かつ強靭な道筋でした。

とくに、戦の炎で一度は失われた遺産を、建立時の価値を保ちつつ、
新たな価値を付与して今日に持続させた先人の営みには強く心を打たれます。

しかし、そうした歴史を築き上げてきたのは日本だけではありません。
他の国々においても、同じように素晴らしい文化と歴史が築かれてきました。
私たち自らの歴史と文化を大切に思い、学ぼうとする心が深ければ深いほど、他の国々の文化と歴史の深さと素晴らしさへの敬意は深まります。
そうした心こそが、世界の歴史と文化を共に持続的に発展させることになるでしょう。

日本の世界文化遺産

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